愛猫ジミー

息子が11歳の誕生日に犬を欲しがった。自分も同じ年頃、新聞の「もらい犬」3行広告欄でジョニーを探してきた。大学で上京するまでの数年間はそれでもほぼ毎日夕方散歩に連れてった。気立てはいいが、散歩中にメス犬をおっかけたり、猫に威嚇されたり、友人と立ち話する私の足におしっこする頭の悪い雑種の中型犬だった。反抗期時分には、そんなジョニーに私もずいぶん愚痴を聞いてもらったのだが、大学卒業後は日本には休暇でしか帰らなくなり、母がジョニーの最後を看取った(享年15歳)。

息子には昔の私のような強引さと行動力はない。庭のないアパルトマンじゃ無理だし、何せパパが犬嫌いだからねえ、猫にしてみようと提案したら、すんなり賛成。ペットショップでペルシャ猫の赤ちゃんを欲しがったが、猫に500ドルは私の金銭感覚には受け入れがたい。まずは赤ちゃん猫の育て方をインターネットで読むことにした。

私たちが住んでいたアメリカン大学のキャンパスにはどのくらいの猫が住んでいるのだろう。ネズミ退治も兼ねているが、猫の維持費(エサと避妊治療)が毎年計上されているともいう。2か月ほどまてば、猫の出産月らしいけど、赤ちゃん猫は8週間は母親猫と暮らしたほうがいいらしい。一人っ子の息子の情緒安定用のペットだから、できればすぐがいいのだが、4か月先はすこし遠いし。

不思議のことに、その日、とある猫がビルの入り口で、私たちの後に話しかけ、エレベーターにのり、私たちの家まで付いてきた。次の日、仕事からもどると、同じ猫がビルの入り口に寝そべっている。私をみると、みゃーと話しかけてきて、エレベーターに先導し、いっしょに降り、うちの前に座る。野良猫にしては美人でこぎれいなこの猫に、「悪いけどね、息子はあかちゃん猫が欲しいの」とドアを閉めた。3日目、またあの猫いるかなと、私は家路を急いだ。ビルの入り口にはいなかったが、果たして6階の私たちの家の前に座って待っていた。「ちょっと、待っててね。」息子も、この不思議な猫をペットにすることに、即賛成した。

「アハランワサハラン」と戸をあけると、おそるおそる内に入る。借りてきた猫とはこのことだ。息をしていなければ、ぬいぐるみのように、おとなしい。ジミーという名前は息子がつけた。オスでもメスでもペットの名前はジミーと決めていたらしい。

雌猫くらい、おもいっきり古臭い日本の名前でもつけたかったが、これは一人っ子対策、私がでしゃばる場ではない。

息子はジミーのすきなペットフードのにおいが苦手で、エサを与える役を2日目で降りた。そして、その日から、ジミーは私をママと慕っている。中年の雌同志、ゆっくりと瞬きして、毎日愛情を確認するのだ。

f:id:jimmythecat:20140418195016j:plain